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第89回
2017年2月1日更新

「とある和菓子屋でいただいたもの」


技の魅せどころ

 「味は食材が持っているのだから、私の仕事はその味をなるべく壊さないようにして、食感を作るだけです」―とある奈良の和菓子屋のご主人の言葉とその味が忘れられない。その店は大仰な看板を掲げることもなく、店が立ち並ぶ観光の中心地にあるわけでもない。知る人がその菓子の味と技を求めて各地から訪ねてくる。味だけでなく技を求めてくるのは、お店に鮨屋のようなカウンター席が設えてあり、数人のお客を相手にご主人が菓子作りを目の前で披露し、その菓子が供されるからだ。
 使っている食材の産地や生産者のお話をご主人が丁寧にしてくれる。それを聞くと、「味は食材が持っている」というご主人の言葉が、自らの技によるところを謙そんしているのではないことがわかる。また、ご主人が研鑽を積んできた技の魅せどころが、味を壊さないことと食感づくりに発揮されることも納得させられる。

感動をいただく

 「馬の毛の網なのです」
 裏ごし器を掲げてご主人が言った。関心していると、カウンターの向こうでは、和菓子つくりには欠かせない裏ごしという調理に入っていた。 「これから作る餡の食材の粒子をつぶすことなく、口当たりをよくするには馬の毛でないとダメです。金網では粒子をつぶしてしまい粘りも出てしまう」。 裏ごししたばかりの餡を手早く美しい菓子の姿に仕上げていく。手早いだけでなく、見た目にも優しそうに見える餡を大切に壊さないように柔らかく扱っている。その菓子を口に運ぶと、唇で、舌で、そして口全体で、ご主人の目指す自然が作った最高の味を、なるべく壊さない味わいが体験できる。「これが菓子か! これが菓子の楽しみか!」という感動をいただける。

道具の輝き

 「コーヒーになります」
 ご主人はお茶も自ら淹れて、それぞれの菓子と合わせて差し出す。ユニークなのはコーヒーがでてくること。和菓子というと日本茶というイメージがあるが、ご主人は和菓子に合うコーヒーを選んでいるという。ハンドドリップで淹れてくれるのだが、フィルターはネルでも紙でもなく、金のメッシュだ。雑味が出ないので和菓子に最適なのだそうだ。確かに和菓子との相性がよく、コーヒー自体も専門店をもしのぐ美味しさだった。
 説明を聞いていると、ご主人が選び、使っている道具にも興味が向く。どんな優れた料理人も、道具がないことには優れた料理を作り出すことはできない。菓子屋のご主人は、その道具を選んで使う理由を説明してくれる。道具選びの肝は、「食材の味を壊さないこと」と「食感を作り出すこと」という目的と食材の性質の掛け算であった。そうしたことを知ると、道具が俄然輝いて見えてくる。
 道具に惹かれて、ご主人の話にさらに耳を傾けていると、「火」の話になった。曰く「赤い人と青い火をうまく使うのです」という。ご主人の火使いの極意のようだ。確かに火も料理にとっては大切な“道具”だ。私たちの家庭にもあるものだから忘れがちだが、道具としての火の力を再認識させられる。

最終兵器!?

 「次は最中です」
 カウンターには4人家族が座っていた。小学生の姉弟が神妙な面持ちでご主人の説明を聞いていた。最中を子どもに差し出すときにご主人が言った。「最中の皮のサクッとした美味しさを味わってもらうために色々と考えました。ある時、東京の有名なお鮨屋さんで、炙った貝柱を海苔で巻いて手渡ししていたのです。その姿が格好良くて、私も真似できないかなと考え、最中を手渡しにすることを思いつきました」。
 ここの最中の餡は、水分が多く、しっとりとしている。餡の“しっとり”と、皮の“サクッ”を両立させるこの最中は、「賞味期限は60秒だよ」と言って、ご主人が手渡す。子どもに手渡しされた最中が“サクッ”と香ばしい音を立てるのが聞こえた。
子どもは手にした最中を、“サクッサクッ”と笑顔で頬張っている。
 「手」こそ道具の最終兵器というところだろうか。人の手により食材の美味しさを壊さず目指す食感を作り、そして笑顔も作り出した菓子職人から、自然と食材、美味しくいただくことへの慈しみもいただいた気持になった。「ごちそうさまでした」

海豪うるる プロフィール

青山学院大学卒。
15年以上にわたり、各種の家庭料理を研究。
食ともに、ヴァイオリン、陶芸、茶道など多彩な趣味を生かし、《五感で味わう彩食レシピ》を提案している。
また、食は年齢、性別、国籍を問わず、誰にも等しく必要で極めて身近なもの―そんな食を「万国共通の言語」のように捉え、食を通して世界各国の人とつながることを目指している。時には、《食》と、教育や政治、科学、音楽、映画など様々な分野の間をクロスオーバーしつつ、「美味しく、楽しい」という気持ちを生み出す活動を展開している。
郷里・奈良県の依頼で「奈良県観光産業活性化推進会議」委員も務め、現在は「奈良市観光大使」。
著書に、『本場の人気バル直伝!ピンチョスレシピ』、脳科学者の茂木健一郎氏との共著『脳を幸せにするレシピ』(いずれもPHP研究所)がある。
URL: http://www.ururu-ururu.com
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