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第93回
2017年 6月1日更新

とある発酵料理屋で感じたひとつの道

とある発酵料理屋で供された「なれずし」

発酵食品

 発酵食品に注目が集まってから久しい。微生物の働きにより、体に良い影響をもたらしたり、たんぱく質やでんぷん質を分解してアミノ酸等が作られ、旨味や豊かな味わいをもたらしたりと、私達に有益となる化学反応が「発酵」と呼ばれるものだ。
子どもの頃は、これは発酵食品だとか考えることもなく、納豆などが、ごくあたり前に私達の食卓にあった。また土地ごとに伝統的な発酵料理というものもあり、例えば「かぶらずし」や「なれずし」もその一例だ。発酵食品は、その土地固有の自然に左右されて生まれてくるので、世界を見渡してもそれぞれ個性的で食文化の土台となるものがあまたある。キムチやヨーグルト、チーズ、ナンプラー、豆板醤等、欧米、アジア問わず百花繚乱である。
そもそも発酵食品は、冷蔵庫がない時代からの知恵だった。それが、美味しさや健康という点で現代において再び興味を引き寄せる存在になっている。

とある料理屋にて

 発酵料理で一躍有名になった料理屋がある。昔からその土地にある「なれずし」は、強く好む人がいる一方、その独特の味わいが苦手だという人も多い。しかし、なれずしが苦手だった方が、この料理屋のものなら「好きな食べ物のベスト10に入る」というのだ!
 「酢は使っておりません」という、その店の料理の数々。料理をいただいて感じる旨味と酸味は、《発酵》がなせる技なのだとか。鯖や鱒の発酵料理に、トマトソースやチーズといった洋のアレンジが施される。なれずしのサンドイッチと呼ぶ料理には、なれずしの天ぷらやジャガイモの発酵物など、楽しい遊びのお料理が取り入れられている。さらに、熊の肉のしゃぶしゃぶは、たっぷりの旬の山椒の葉といっしょに頂く。山椒の葉も、陽があたるところとあたらないところでは、葉の柔らかさや大きさが違うのだと店主から説明を受けた。
熊の肉のしゃぶしゃぶ

料理の素材

山菜の天ぷら
この料理屋の食材と料理は、どれもこんな感じである。
地元で食される猪や熊が、生ハムやサラミとなり、地元の山菜と一緒に趣のある器に盛り付けられてくる。熊は、冬ならば雪の上を滑らせて運べるが、雪がないと重くて運ぶのが大変だと言う。山菜は、採れる場所を見つけるのに3年かかるという自慢のもの。これは、天ぷらでも供されて、極薄の衣をまといカラリとして、風味も最大限に生かされている。どの料理も多くの時間と人の手を要した、その土地の最高の食材が使われている。

料理の技

 ご主人の説明を聞いて、京都の料亭・嵐山吉兆の徳岡邦夫さんが、「料理は技じゃない。素材だ」という言葉を思い出した。もちろん技を磨く努力を重ね、最高の技を手に入れたからこそ、“素材がすべて”といったそぎ落とした言葉が出るのだろう。
 徳岡さんの言葉からそぎ落とされた“料理の技”であるが、それでも火を扱う技は素材を活かしたり殺したりもすることは否定しないはずだ。特にこの料理屋でいただいた猪や熊の肉は、火の技術により、私達の口の中でとても美味しく感じる料理となる。熊肉のしゃぶしゃぶは、火で熱した出汁にくぐらせることで、瞬時に美味へと変わった。お肉を2回、3回と食べすすめるごとに出汁の味わいも深く、豊かに変化し、どこまでも楽しませてくれる。    

料理界のセレクトショップ

 ここで話を「発酵」に戻そう。発酵食品は自然を味方にして時間をかけて美味しく育つ。そして、この料理屋の食事は、「火と発酵」という人間の英知と自然の“料理技術”による饗宴といった趣だ。数ある料理の技法から、この二つを選び極めようとしている主人に敬意を抱く。
 一連の料理を食べ終える頃、この料理屋の魅力とこれからの料理界の進む方向性のひとつに気づいた。
素材はもちろん、伝統的な手法から最新の調理法まで料理のトレンドに加え、発酵という技を主人が選び、さらに火を上手に使う。自慢の発酵料理は、こうした結果であり、外から見た時の店の看板にすぎず、その店が客を楽しませている本当の魅力は、主人が選んだ(セレクトした)素材や技を紡ぎ合わせて完成した《料理》であるということ。
 80年代前後にファッション業界ではセレクトショップという流れが盛んになった。店のセンスで集めた洋服や小物を消費者に提供する。そのショップの軸となるモノを磨き、肉付けして付加価値を創造する。今や流通の世界でセレクトショップは、デパートにとって代わろうとする勢いだ。
 「セレクトする」という1つのステップこそ、この料理屋の主人の仕事に通じるものを感じ、これからの食の世界の進むひとつの道にもなるのでないかとも思った。
みなさんも自分自身の食卓を、「自分のセレクト」で楽しんでみてはいかがだろう。
獣肉のサラミや生ハム これがすごく美味!

海豪うるる プロフィール

青山学院大学卒。
15年以上にわたり、各種の家庭料理を研究。
食ともに、ヴァイオリン、陶芸、茶道など多彩な趣味を生かし、《五感で味わう彩食レシピ》を提案している。
また、食は年齢、性別、国籍を問わず、誰にも等しく必要で極めて身近なもの―そんな食を「万国共通の言語」のように捉え、食を通して世界各国の人とつながることを目指している。時には、《食》と、教育や政治、科学、音楽、映画など様々な分野の間をクロスオーバーしつつ、「美味しく、楽しい」という気持ちを生み出す活動を展開している。
郷里・奈良県の依頼で「奈良県観光産業活性化推進会議」委員も務め、現在は「奈良市観光大使」。
著書に、『本場の人気バル直伝!ピンチョスレシピ』、脳科学者の茂木健一郎氏との共著『脳を幸せにするレシピ』(いずれもPHP研究所)がある。
URL: http://www.ururu-ururu.com
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