HOME一般のお客様向け情報>食育コラム

第78回
2016年5月2日更新

壁を越える


食と農を学ぶ大学校の創設

この春、『なら食と農の魅力創造国際大学校』が奈良県に開校した。もともと農業大学校だったところに“農に強い食の担い手”を育成する「フードクリエイテイブ学科」を新設し、大学校が再編された。“料理は芸術”というが、学科に“クリエイティブ”という名称が入っているところが、食に携わる者として嬉しい。
 食は、まさに国のクリエイティブ資産であるという認識が広がっている。大学卒業後に就職し、様々な仕事を経験してから、料理人として食の世界に入ってくる方も増えている。業界が多様になるということは、まさにクリエイティブ産業としての食に対する認識が世の中に浸透してきたということだろう
 一方、農業を学ぶ学科は「アグリマネジメント学科」という名称で、高度な農業技術と農業経営センスの優れた“農の担い手”を育成する。「作れば売れるという時代」は過去のものとし、自分たちが作った農産物がどのように流通し、料理され、食されていくのか、川下のニーズを見極める力を備えた総合力のある農業経営を形成することをねらうという。同校では、業界トップクラスの調理師学校とレストラン経営グループ大手がタッグを組み、学生を指導する。

農業、飲食業という業界の壁を越え、双方はそれぞれの業界のことを知り、距離感を縮めることで業界が活性化し、新たな魅力の創造が期待できる。同行のキャンパスには、学生が講義を聞く場と、加工実習を行う場、さらに実践研修の場として「オーベルジュ」が設置されている。さらに学生が農場実習を行う実習農場もあるという。
 アカデミックな調理理論、技術を学ぶ教室に加え、実習室もテクニックを学ぶ教室と、宴会等の料理をつくる教室とがある。当然のことながら、美味しく作るテクニックと、大量のお料理を同時に作る実践のテクニックは異なる。素晴らしいその施設を目の前にして、以前帝国ホテルの田中総料理長が「ホテルの宴会料理において、総料理長はオーケストラの指揮者だ」とおっしゃっていたことを思い出した。
 実習室では、お店に見立てて、テーブルまで用意され、サービス係やソムリエとともにレストランのお料理の授業が展開される。ここでは、小さなレストランからホテルの数百人のお料理提供まで、また、料理を創る人が、サービスやソムリエの知識、さらには経営まで学ぶことができる。

コミュニケーション能力の重要性

 壁を乗り越える時に必要不可欠なことが、“コミュニケーション能力”だ。生命の根源であり、私たちに人生の豊かさをもたらす文化・芸術でもある「食」において、そのコミュニケーション能力は、もっともシンプルであり、最も複雑ともいえる。

来客にお茶を出すことで歓迎している行為を伝えられる一方、レストランでの最高級のお料理の提供には、そこに至るまで多様で複雑なコミュニケーション能力が必要とされる。良い食材を調達するための流通や生産者とのコミュニケーション、調理場やホールスタッフとのコミュニケーション。ゲストと接するホールの担当者は、ゲストと心地よい会話を通して、美味しい食の空間を創りだす。ホールの担当者には、厨房とゲストとの橋渡し役としてのコミュニケーション力も重要だ。多くのコミュニケーションが存在するお料理こそ、ゲストの前に出されたときには、ゲストに何か光るものが伝わるお料理に仕上がっているに違いない。

壁を越えるということ

 今、世代、分野、国、文化を超えた融合、連携への動きが加速している。伝統と先端技術の融合、科学と芸術、デザインとアート… イノベーションは、ゼロから生まれるものではなく、積み上げられた経験・情報の組み合わせで生まれるという。専門領域の知識に異分野の知識や経験が融合したところに創造性を育む土壌が生まれる。
 この春、世界トップクラスの将棋のプロ棋士が、人口知能(AI)に連敗したニュースが流れた。もはや単純な知識の記憶では、ロボットに勝つことは難しい。しかし、相手がプロっぽくない手を打ってきた時に人口知能は“不意”をつかれ、棋士との試合で乱れ、敗れた。これからは、不意つかれる事態や、たわいのない雑談から何かを生みだすことにより、人としての面白みやチャンスが生まれる時代だ。そのためには、組織や、世代や分野、文化等の壁を乗り越え、人間の創造性をさらに磨いてくことが重要だと感じる。生命の根源であり、文化であり、芸術である食のクリエイティブをより一層輝かせていく為に、あらゆる“壁”を乗り越え、進化していこう。

海豪うるる プロフィール

青山学院大学卒。
15年以上にわたり、各種の家庭料理を研究。
食ともに、ヴァイオリン、陶芸、茶道など多彩な趣味を生かし、《五感で味わう彩食レシピ》を提案している。
また、食は年齢、性別、国籍を問わず、誰にも等しく必要で極めて身近なもの―そんな食を「万国共通の言語」のように捉え、食を通して世界各国の人とつながることを目指している。時には、《食》と、教育や政治、科学、音楽、映画など様々な分野の間をクロスオーバーしつつ、「美味しく、楽しい」という気持ちを生み出す活動を展開している。
郷里・奈良県の依頼で「奈良県観光産業活性化推進会議」委員も務め、現在は「奈良市観光大使」。
著書に、『本場の人気バル直伝!ピンチョスレシピ』、脳科学者の茂木健一郎氏との共著『脳を幸せにするレシピ』(いずれもPHP研究所)がある。
URL: http://www.ururu-ururu.com
一般のお客様向け情報
くらしの情報