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第103回
2018年 4月2日更新

茶せん


大地の三角帽子

 冬の冷たい風、空気にさらし、水気を抜いて乾燥させることを「寒干し」という。食の世界では、大根や鮭、鱈などを寒干しにする伝統食があるが、茶せん(茶道で抹茶をたてるのに使用する道具)の里・高山(奈良県生駒市)では「竹」を寒干しする。切って、茹でて、布で磨いた竹を、1月から3月にかけて、太陽の光と寒風にさらすことで、白く乾燥した竹をつくる。寒干しの後、倉庫に最低1年以上寝かすと、長持ちする、美しい竹となるのだそうだ。
 三角に束ねられた竹は、庭や田んぼに立てかけられて、まるで"大地の三角帽子"のようにも見える。時に雪が降ったり、寒風にさらされたり、大地の三角帽子は茶せんの里・高山の風物詩だ。だんだん柔らかくなった陽射しの中でその三角帽子を見ると、「春もそこまで来ているな」と感じる。

茶せんへの感謝

 高山は全国の茶せんの約9割を生産する日本最大の産地である。 先日、高山の茶せんの法要にうかがった。古くなり、使いこまれて役目を終えた茶せんを焚き上げて供養する。本来、供養とは、亡くなった「ヒト」の冥福を祈るものだが、わが国では、茶せん以外にも針や陶器、筆など―「モノ」に対しても行われる文化がある。昔から私たちの日常になくてはならない道具への感謝のカタチである。
 法要がはじまり、参詣者が持参した茶せんや、全国からお寺に集まった茶せんを、ひとつ、またひとつと焚き上げていくと、炎の勢いがどんどん増していく。高山では、この茶せんの法要を、あえて「供養」という言葉は使わず、「茶筌(せん)感謝祭」と呼んでいるという。モノに向けられる「感謝」には、日本人の美しい精神性が表れているとあらためて感じた。
ちなみに、茶せんの供養は、神奈川県の鎌倉・建長寺や、川崎の川崎大師(平間寺)などでも行われている。

太閤さんもお得意様だった!?

 高山が茶せんの産地となったのは、今から500年以上前の室町時代。8代将軍、足利義政の時代に起源を持つそうだ。高山城主の次男・宗砌(そうぜい)が、親友の村田珠光(じゅこう)に依頼されてつくったのが茶せんの始まりらしい。それまではお茶をさじでかき混ぜていたようだが、珠光が茶道を考えた際、茶をかき混ぜる道具として茶せんを思いつき、宗砌が依頼され誕生したと言われる。茶せんの製法は秘伝とされたため、家臣16名が一子相伝でその技を伝承してきた。高山茶せんの“お得意様”には、豊臣秀吉や徳川幕府もいたというから驚く。500年の歴史があれば、それもそうなのかと、頷いた。

真の温故知新は日常から

 茶道では、これ以上にないほどに主人は客に心を砕いて、おもてなしする。客はその気持ちを精一杯受けとめるように努める。主人がその日のために選び、使った道具を客が拝見する行為や、そのやり取りの中にお互いへの敬意や感謝を込める。茶道で使われる芸術性の高い道具の中でも、茶せんは少しその位置づけが異なるように思う。機能的でありながら、繊細でエレガントな見た目を持つ芸術品であり、消耗品でもあるという特殊なものだ。世界を見回しても、そのような道具は珍しい。1度使うと使わない場合もあるのだという。
 かつては一子相伝、門外不出で技が守られ、その技を修得するのには10年、20年かかるとも言われる茶せんの製造技法。寒干しから始まる素材への美しさと強さへのこだわり。近年では、茶道に対する海外からの注目度も高まっている。翻って、日本ではかつて女性の習い事として人気の高かった茶道人口の減少を心配する動きもある。茶道を未来へ伝承するため、様々な取り組みもなされる中、茶せんの注文(需要)は他のお茶道具と比べると、まだ、その減少幅は狭い方だという。
 高い芸術性をもちながら、消耗品でもあり、茶道にかかせない茶せんは、最近よく耳にする「リカーリング(=継続的に収益が生み出せる)ビジネス」の様相を持つ。茶道の世界に閉じることなく、茶せんでインスタントコーヒーをたててみるなど、私たちがもっと日常の中で気軽に愛用し、モノへの感謝へとつなげていくべきものなのかもしれない。そういうモノを大切にする暮らしと社会にこそ、真の温故知新により、新しい未来が開けるのだと私は思うのだ。

海豪うるる プロフィール

青山学院大学卒。
15年以上にわたり、各種の家庭料理を研究。
食ともに、ヴァイオリン、陶芸、茶道など多彩な趣味を生かし、《五感で味わう彩食レシピ》を提案している。
また、食は年齢、性別、国籍を問わず、誰にも等しく必要で極めて身近なもの―そんな食を「万国共通の言語」のように捉え、食を通して世界各国の人とつながることを目指している。時には、《食》と、教育や政治、科学、音楽、映画など様々な分野の間をクロスオーバーしつつ、「美味しく、楽しい」という気持ちを生み出す活動を展開している。
郷里・奈良県の依頼で「奈良県観光産業活性化推進会議」委員も務め、現在は「奈良市観光大使」。
著書に、『本場の人気バル直伝!ピンチョスレシピ』、脳科学者の茂木健一郎氏との共著『脳を幸せにするレシピ』(いずれもPHP研究所)がある。
URL: http://www.ururu-ururu.com
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