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第95回
2017年 8月1日更新

食とテクノロジーの空間



感性をくすぐるレストランの新しい試み

 とある銀座のレストラン。佐賀牛など九州自慢の食材と有田焼や唐津焼の器で料理を提供するこのお店の特別個室では、お料理と器に加えて、映像と音響とIT技術を使った新たな食の演出に挑戦している。
 「月花」と呼ばれるその特別個室は、8席しかない。予約時間になると、劇場でのショーがスタートするかのように、その空間が動き出す。
 12品から構成される料理のコースは、日本人が大切にしてきた、わが国の季節や自然を生かした演出の中で供される。木々が芽吹き、花が咲き、小鳥が飛んでくる。「満開の夏椿」と題した空間演出の中で、小鳥の穏やかな鳴き声を聞きながら、唐津産塩水赤雲丹と新玉葱のスープを頂く。
 テーブルに涼しげな川が現れ、水面に漂う花びらを眺めていると、佐賀牛とアスパラガスのお料理が運ばれてきた。お皿が置かれた瞬間、川の流れが変わる。お皿を少し動かしてみると、また新たな水流が生じる。川の音を聞いて、美味しいお料理を頬張っていると、さっきまでの慌ただしい日常から心身ともに解放される感覚をも味わう。
 美しい藍色の魚が描かれたお皿で魚介のホワイトシチューが運ばれてくると、川の向こうからお皿の絵柄と同じ魚が私の方に向かってきた!「水遊びをする魚」と題したその空間では、器とテーブルの境界がなくなった。壁は草木の映像に変わり、アワビのステーキと古代米のリゾットが運ばれてくる頃には、美しい竹林に囲まれた空間で食事を堪能していた。
 九州名産のトマトのエキスとキャビアの冷製パスタにお料理が移ると、竹林に見事な滝が流れる。喉越しが良い冷製パスタを頂きながら、山奥に導かれたかのような滝の音を聞いていると、とても爽やかな風を頬に感じたかのように涼しい気分になった。
 いよいよメインディッシュの佐賀牛のサーロインすき焼き仕立てが登場すると、テーブルに紫陽花が咲き始める。器の周りに花はどんどん広がり、お店の方がソースを掛けにくる頃には、白かった紫陽花は、美しい青やピンク色へと変わっていく。主役に相応しい華やかな空間へと導かれる。佐賀牛のフィレのグリルからシメの毛蟹ごはんへと進むと、周りは落ち着いた光を放ち始め、コースが終盤となったことに寂しくなってくる。
 サクランボとピスタチオのサバイヨン・ショコラソルベが運ばれてくると、一転、「花と人が戯れるとき」と題した空間では、空間演出を担当した日本が誇るデジタルアート集団・チームラボらしい、鮮やかな赤や青や黄色等の花に囲まれる。まるで暗闇の宇宙で優しい太陽の光を浴びる奇跡が起きたかのように、嬉野のお茶と小菓子を頂きながらコースを終えた。同時に四方の壁一面に咲いた花々も散っていく。始まりから終わりまで、食を取り巻く全てが見事にシンクロし、そこで食を楽しむ者の感性をくすぐる。

食への感性を知り尽くした海外での小粋な演出

 プロジェクションマッピングを使ったダイニングで話題になっているフランスの映像がある。レストランのガーデンテラス席でゲストがお料理を待っていると、白いテーブルからいきなり小さい、小さいシェフが現れて、目の前のお皿の上でお肉を焼き、畑から採った野菜の調理が始まる。フォークの先の部分程の小さいシェフは、飛んでくる蠅を追い払ったり、グリルの火加減を見ながらお肉を大きなフォークで返したり、奮闘しながらお料理を完成させ、テーブルの下へと戻っていく。すべては、テーブルの上で繰り広げられた映像世界での出来事に、ゲストはハラハラドキドキしながらその様子を見守っていると、小さいシェフが作っていたものと同じお料理が店の奥から運ばれてくるという楽しい演出だ。
 食は、舌で感じる味だけでなく、驚きやワクワクする気持ちも味わいとなる。食の感性を知り尽くした文化の中で試みられた小粋な演出だと感じる。

日本人のテクノロジーへの感性

 調味料を使うことが始まったとされる奈良時代から、1300年の歴史を持つ日本の美食の歴史。とあるレストランでの食の空間を見て、和食が世界から注目を受ける今、私達が持つ豊かな食文化と戦後一気に築いてきたテクノロジーの力で、新たな日本の食の世界観と可能性の扉が開かれるように感じた。
 あわせて、日本人はテクノロジーを発展させる力だけでなく、それを情緒や物語にうまく活用していける感性と繊細さを持ち合わせているとも確信する。
 私達が先祖から受け継いだ素晴らしい食文化と、磨きあげてきた最新テクノロジーは、どちらも日本が誇るべきものだ。2020年に開催される東京オリンピックは、私達がこれからの「日本らしさ」、「大切にしていきたいもの」を考える機会ともなるはずだ。日本人の繊細な感性と食と最新IT/エレクトロニクス技術で、世界から注目される新たな文化を多彩に発信していけることを願う。

海豪うるる プロフィール

青山学院大学卒。
15年以上にわたり、各種の家庭料理を研究。
食ともに、ヴァイオリン、陶芸、茶道など多彩な趣味を生かし、《五感で味わう彩食レシピ》を提案している。
また、食は年齢、性別、国籍を問わず、誰にも等しく必要で極めて身近なもの―そんな食を「万国共通の言語」のように捉え、食を通して世界各国の人とつながることを目指している。時には、《食》と、教育や政治、科学、音楽、映画など様々な分野の間をクロスオーバーしつつ、「美味しく、楽しい」という気持ちを生み出す活動を展開している。
郷里・奈良県の依頼で「奈良県観光産業活性化推進会議」委員も務め、現在は「奈良市観光大使」。
著書に、『本場の人気バル直伝!ピンチョスレシピ』、脳科学者の茂木健一郎氏との共著『脳を幸せにするレシピ』(いずれもPHP研究所)がある。
URL: http://www.ururu-ururu.com
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